ビョーシツにて...
病室のベッド脇には、テレビとテレビを作動させるためのプリペイド式の機器と、
小さな冷蔵庫を納めたラックがあった。ラックの棚板の隙間には、
機器を操作するための手順が分かりやすく書かれたシートが挟まれていたが、取り出してまた仕舞うとき、
そのスキマに異物感を感じた。なにかがつっかえている。僕はふとそのスキマの奥に手を伸ばしてみた。
すると固くて冷たい感覚がそこに在った。賞味期限もたっぷり残ったそれは未開封のままの ホテイの缶詰 だった。
「 看護師に隠れて売店で買ったんだけど。よかったらどうぞ もったないから…私はもう食べられないし…」。
書いてあるわけでもないのに。そんなメッセージを受け取ってしまった気がして ブルっとすこし寒気がした。
気持ちが悪いので捨ててしまおうかとも考えたが、薄味の病人食に辟易していた僕にはそれはできなかった。
てりやき風味の濃い味付けと肉の食感はおそらくひさびさの喜びをこの入院患者(つまりはそれは僕)にもたらしてくれるはずだからだ。
『静物としてのホテイの缶詰』。僕は毎日その缶詰をためつすがめつ手に取りそして食べようとした。
でもなぜか、プルリングを引いていざ缶を切ろうとすると手が止まってしまう。念には念をいれて 熱湯をかけ消毒もしたのだけれど。
缶を開けて中身を口に運ぶのはそのときの僕にはなんだかとても勇気の要る行為におもえた。
退院する日まで、とうとうその缶詰に 僕は手がつけられなかった。
梶井基次郎は檸檬 僕はやきとり。もとあったスキマにそっと缶詰を戻し 世話になった病室を後にした。
2013年6月4日投稿記事再掲